誰も知らない  Nobody Knows

監督・脚本・編集/是枝裕和
出演/柳楽優弥、北浦愛、木村飛影、清水萌々子、韓英恵、YOU
2004年 日本映画


 タイトルからして運命的だ。
 今年のカンヌ映画祭で主演の柳楽優弥が、日本人初、カンヌ史上最年少の最優秀男優賞を獲得して、一躍世界の話題を集め、日本でも知らない人のない作品になった。

 このニュースがなければ、通り過ぎてしまうところだった。柳楽くんの演技を見たいというよりは、テーマに惹かれた。知ってしまったら、人間として観ないわけにはいかない。そんな思いになって、映画館に足を運んだ。案の定、自分の心と向き合うリトマス試験紙のような映画だった。

 下敷きになっているのは、1989年に東京で実際に起きた母親の子ども置き去り事件。子どもの虐待とかネグレクトとか、肉親による殺人事件などが日常茶飯事的に繰り広げられている現代にあって、16年も前にすでに起きていた悲惨な事件をずっと温め続けて、まさに今日的なテーマとしてぶつけてきた監督の眼力の深さに感服する。折も折、アフガニスタンやイラク、ロシアでは多くの子どもたちがテロの犠牲になっているだけに、大人のエゴの人身御供になっている子どもたちの悲しみは世界共通なのだ。

 涙が止まらないという感想もあるようだけど、私はこぼすほどの涙は出なかった。ただただ心が痛くて、冷たいカメラのこちら側でこの子達を見つめ続けるしかなかった。2時間20分という長編なのに、長いとは感じられなかった。短いとも思えなかったのは、物語の重さゆえかもしれないけれども。

 この映画の凄いところは、説明のための台詞がほとんどないことだと思う。ぽつり、ぽつりと出る言葉、季節感、どんどん荒れてくるアパートの室内、伸びてくる髪の毛、剥げてくる爪のマニュキュアとか薄汚れてくる服とか光熱費の督促状とか。そういうものが悲惨さをどんどん語ってくる。そんな些細な描写にもこだわっているから、少々物語に違和感や破綻や矛盾があっても、観る者を惹きつけて離さないのだろう。

 自分の幸せのために、わずか12歳の長男に3人の妹弟を押しつけて、姿をくらましてしまう母親。戸籍もなく、学校にも行けず、周囲にはまったく存在しない子どもたちのサバイバルな生活。ドキュメンタリー的手法を駆使しながら、ドラマは終末に向かって、淡々と進んでいく。日本の四季と都会の殺伐感と、その中で大人も子どもも自分たちなりに折り合いをつけながら生きていてく姿。本当に痛い。

 世間に捨てられた子どもたちが、一大決心して街へ飛び出し、持ち帰って育てるのが、道端に咲いている雑草たちなのだ。これがまた、子どもたちの心情を語る重要なモチーフになっている。

 もちろん、親が子どもを捨てるなんて、もってのほかだと、身勝手な母親をなじりたくもなる。でも、不思議とそういう気持ちが起こらない。母親は子どもたちを虐待したり、ののしったりはしないのだ。伸びた毛を自ら散髪してやる優しさもある。学校には行かせなくても、ドリルや辞書を与えて勉強させる気持ちもある。もちろん自分はブランド品に囲まれ、お化粧だって念入りだ。それでもデパートの紳士服売り場で働き、定収入だってあった。子どもたちはとてもお行儀がよく、言葉遣いだってきちんとしている。こういう母親が、ある日、突然、子どもたちの前から消え、新しい男のもとへ行ってしまうのだ。このギャップ。

 母親には自分を理解し、サポートしてくれる家族や友人はいなかったのか。子どもたちも捨てられてしまうけれど、この母親もずっと孤独だったのだろう。そういう彼女にとっては東京という大都会は都合のいい場所だったに違いない。考えてみれば、誰だって、この母親と同じくらいの孤独やいびつさを抱えて生きているのではないか。だから、「この母親は許せん」なんて、とても言えないのだ。それが証拠に、オートロック式のマンションに住み、私立の学校に通っている一見裕福な少女が、心に孤独を抱えて、子どもたちに親近感を覚えていく。彼女もまた捨てられた存在なのだと。

 ネタバレになるから詳しいことは言えないけれども、この映画にも死があり、お墓が登場する。それがいかにも象徴的なものであり、場所でもある。生きるって何だろう、自由って何だろうと、私たちに問いかける。

 それにしても、父親の存在はほぼゼロ。問題にもされない。父性とは何なのかという視点からみても、実にコンテンポラリーな映画だ。それとは対照的に柳楽くん演じる明の妹弟たちを守る男っぷりがとっても際立つ。ある意味、明の成長物語でもある。悲惨な映画なのに、どこか爽やかさを感じるのは、やっぱり、あの明のまじめで涼しい眼差しがあるからかもしれない。

 子役たちはどの子もすばらしい。実のご両親も、よくこんな悲惨な映画にわが子が出演することに同意したものだと思う。特に末妹のゆきを演じた萌々子ちゃんは、画面に映っているだけでも絵になるし、幼いながらも早くも死を経験する重要な役柄。映画の中の存在感においても、文句なしに助演女優賞をあげたい。


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